37.3%のダウンロードシェアが生む逆説——96億DLでも収益はAPACの0.9%
2024年、ベトナム産モバイルゲームの世界ダウンロード数が96億件に達し、中国を7億件上回って世界首位に立った。Google Play単体でも67億ダウンロードを記録し、世界全体のモバイルゲームダウンロードの37.3%をベトナム発のタイトルが占める計算になる。数字だけ見れば、ベトナムはモバイルゲームの「覇者」だ。ところが同年のAPAC圏における収益シェアはわずか0.9%、ソフトウェア収益は8億1,700万ドルにとどまる。ダウンロード世界1位の国が、なぜ収益ではこれほど存在感を失うのか。その構造的矛盾が、いま産業界の最大の議題になっている。
元記事・原文引用
元ネタ:Vietnam’s Gaming Market in 5 Data Points(Digital in Asia / 2026年3月7日)
“Vietnamese export studios earn approximately USD 0.06 per daily active user per day, compared to the global benchmark of USD 0.70 — a 12x monetization gap.”
なぜ「ダウンロードは稼げない」のか——IAA偏重が作り出した構造的罠
ベトナムのゲーム産業が高収益を得られない最大の理由は、ビジネスモデルの偏りにある。ベトナムのゲームスタジオの多くは「ハイパーカジュアルゲーム」と呼ばれる短時間・無料プレイの軽量タイトルを大量供給し、広告収益(アプリ内広告、以下IAA)で稼ぐモデルを採用してきた。ダウンロードを最大化する戦略として合理的だったが、その代償として課金収益(IAP:In-App Purchase)の開拓が後回しになった。
象徴的なのが、パズルゲーム「Screwdom」を開発したiKameのケースだ。同タイトルはユーザーが1日平均100分以上プレイするという驚異的なエンゲージメントを誇るが、収益化は苦戦している。キャンディークラッシュ(66分)やロイヤルマッチ(88分)を上回る「滞在時間」を持ちながら、収益換算では世界標準の12分の1という現実が、ベトナムゲーム産業の課題をそのまま体現している。Digital in Asiaの分析によれば、日次ARPU(1日あたりのユーザー平均収益)はベトナム開発スタジオで0.06ドル、グローバル基準では0.70ドルと、その差は約12倍に上る。
一方、課題の解決に向けた動きも始まっている。Supercent(韓国系スタジオ)がベトナムで開発した「Snake Clash」は1億3,000万ダウンロードを達成し、CPI(ユーザー獲得単価)を1.30ドルから0.50ドルへ圧縮、1日目のリテンション率を35%から57%に改善するなど、データドリブンな収益化への転換を示した。72回ものA/Bテストを経た同タイトルは、「量の勝利」ではなく「質への転換」が可能であることを証明している。
eスポーツ視聴率59%、5G整備率90%——「収益化」を支えるインフラは揃いつつある
ベトナムの課題が収益化の弱さである一方、その潜在力を示すデータも蓄積されている。同レポートによれば、ベトナムのeスポーツ認知度は94%、定期視聴率は59%に達する。東南アジア平均の32%、シンガポールの18%と比較してもその突出ぶりは明らかで、eスポーツをサッカーよりも多く視聴するコンテンツカテゴリーとして「国民的エンタメ」の地位を確立している。
通信インフラの整備も急速だ。国営通信大手Viettelは2024年から2025年にかけて5Gステーションを3万基まで拡大し、屋外人口カバー率は90%に達した。モバイル速度は2024年8月の56.95Mbpsから2025年8月には152.17Mbpsへと約2.7倍に向上し、レイテンシも30〜50ms(4G)から1〜30ms(5G)へと大幅に改善した。高精細なゲームやリアルタイム対戦が普及するための技術的な土台は、着実に整いつつある。
市場規模の予測も強気だ。現在約8億1,700万ドルのゲーム市場は、年平均成長率9.39%で拡大を続け、2030年には25億ドルを超えると見込まれる。輸出収益だけでも2024年の3億1,500万ドルから2025年には4億3,000万ドルへと36.4%増の見通しだ。
日本のゲームメーカーが見落としてはならない「収益化移行」という商機
ベトナムのゲーム産業が「ダウンロードファクトリー」から「収益を生む産業」へと転換しようとしているこのタイミングは、日本のゲームメーカーにとって特別な意味を持つ。すでに多くの日本企業がベトナムのスタジオに開発委託を行っており、低コスト・高品質な開発リソースとして活用してきた。しかし、構造転換のフェーズに入ったいまは、単なる下請け関係を超えた協業モデルが浮上している。
日本のIPと、ベトナムの圧倒的なダウンロード獲得力を組み合わせることで、世界市場でのリーチを拡大する可能性がある。国内で苦戦するゲームIPのグローバル展開において、ベトナム発の流通・マーケティングノウハウは活用価値が高い。JETRO(日本貿易振興機構)もベトナムのデジタル産業との連携推進を進めており、製造業のサプライチェーン管理に近い発想でゲームIPの「生産→流通→マネタイズ」を整備できる環境が整いつつある。
一方で、ベトナム市場自体も無視できない。eスポーツ定期視聴率59%という熱狂的なゲームファン層は、課金文化が根づく余地を十分に持っている。5Gの普及とスマートフォン高性能化によって中〜高価格帯のゲーム体験が可能になれば、「ダウンロードは多いが課金は少ない」という現状は急速に変わりうる。
「稼げない世界1位」が本当の覇者になれるか——課題は技術ではなくビジネス設計だ
ベトナムのゲーム産業が直面する「ダウンロード世界1位・収益12分の1」という逆説は、技術力の問題ではない。Screwdomの例が示すように、世界トップクラスのエンゲージメントを生み出す開発力はすでに存在する。問題は、プレイヤーをいかに課金体験に誘導するか、あるいは広告以外の収益モデルをいかに設計するかという「ビジネス設計」の課題だ。
ベトナムのゲーム産業が9.6億ダウンロードを稼ぎながら「稼げない覇者」にとどまるのか、それとも2030年の25億ドル市場に向けて収益化の壁を越えるのか。その答えが出るとき、アジアのゲーム地図は大きく塗り替えられるだろう。日本のゲームメーカーにとってその変化は、脅威でも追い風でもある——どちらに転じるかは、今の関わり方にかかっている。
参照・原文リンク
- Digital in Asia:Vietnam’s Gaming Market in 5 Data Points(2026年3月7日)
- Mobidictum:Vietnam Officially Surpasses China to Become the World’s Top Exporter of Mobile Games(2025年8月)


