📊 3行サマリー

  • 韓国・議政府(ウィジョンブ)地方法院の高陽(コヤン)支院が、テレグラムでAI合成のヌード画像を共有した30代の男性に無罪を言い渡した。
  • 韓国の性暴力処罰法はディープフェイク・ポルノの被害者を「実在する人物」に限定しており、合成の元になった人物を特定できないと立件できない、という規制の空白が露呈した。
  • 韓国警察は1年でディープフェイク性犯罪を1438人摘発し、被疑者の92%が10〜20代。取り締まりは世界でも厳しい部類だが、AIがゼロから描いた画像には法律が届いていない。

📝 韓国の地裁、AI合成のヌード画像を共有した男性に「被害者を特定できない」と無罪

韓国・議政府(ウィジョンブ)地方法院の高陽(コヤン)支院は、性暴力処罰法上の虚偽映像物(ディープフェイク・ポルノ)を頒布した罪に問われた30代の男性キム被告に、無罪を言い渡した。刑事8単独の李貞勲(イ・ジョンフン)判事による判断だ。

キム被告は2025年11月、あるテレグラムのチャットルームで、女性が裸の姿をさらしたAI合成写真を共有していた。検察はこれをディープフェイク・ポルノの頒布として起訴したが、裁判所は有罪にできなかった。理由は、写真に写った人物が現実に存在するのかどうかを、裁判の場で確かめられなかったことにある。弁護側は「写真の人物はAIが作り出した架空の人物である可能性がある」と主張し、その主張を覆す材料を検察は示せなかった。

📰 報じた韓国メディア:争点は「画像がわいせつか」ではなく「被害者が実在するか」

元ネタS. Korea court clears AI porn distributor citing lack of identifiable victim(Business & Human Rights Resource Centre / 2026年5月)

この判決で韓国の各メディアが一様に取り上げたのは、画像がどれだけきわどいか、という点ではない。「被害者が実在するか」という一点だった。判事は判決のなかで、立件できなかった理由をこう述べている。

「写真の原本や出所、合成の方法などを確認できる資料がなく、被害者が実在すると断定するのは難しい」

つまり、画像そのものが問題なのではなく、その画像が「誰か」を素材にしているのかが立証できなければ、現行法では罪に問えない。専門家からは、被害者が実在するかどうかではなく、社会にどれだけ害を与えたかを基準に法律を組み直すべきだ、という指摘が出ている。

🔥 韓国のディープフェイク処罰法は、被害者を「実在する人物」に限定している

なぜこんな判決になったのか。韓国の性暴力処罰法には、いわゆる「ディープフェイク防止法」と呼ばれる条文がある。実在する人物の顔や体を、本人の意思に反して性的な映像に加工し、ばらまく行為を罰するものだ。条文の作りからして、守る対象が「実在の人物」に据えられている。

裁判所はこの判決で、処罰の対象を「意思を表明できる実在の人物」と狭くとらえた。となると、AIがどこの誰でもない顔を一から描き起こした画像は、加工された「被害者」が存在しないことになる。実在の写真を加工したのか、それとも完全な創作物なのか。その境目を検察が証明できなければ、無罪に振れてしまう。

皮肉なのは、韓国がこの分野でけっして手ぬるい国ではないことだ。警察庁国家捜査本部によると、2024年11月からの1年間のサイバー性暴力集中取り締まりで、ディープフェイク性犯罪は1438人が摘発され、72人が拘束された。被疑者の構成も特徴的で、10代が61.8%、20代が30.2%と、若い世代が9割超を占める。条文を作り、テレグラムとの協力体制まで築いて摘発を重ねてきた。それでも、AIが素材を必要とせずに画像を生み出すようになると、「実在の被害者」を前提にした法律はすり抜けられてしまう。韓国国会では許英(ホ・ヨン)議員がAI生成のわいせつ物を処罰対象に加える法改正を進めており、立法の側も穴をふさぎにかかっている。

🇯🇵 日本にはそもそも専用法がなく、わいせつ物頒布罪などで穴を埋めている

この話を「韓国の問題」として読むと、日本の状況を見誤る。日本には、性的なディープフェイクを正面から罰する専用の法律がそもそも存在しないからだ。穴の大きさでいえば、日本のほうが広い。

未成年を題材にしたものは児童ポルノ禁止法で対応できる余地があり、鳥取県は2025年3月に青少年健全育成条例を改め、未成年の顔をもとにしたAI性的画像を「児童ポルノ」の定義に明確に含めた。だが成人を題材にしたディープフェイクとなると、頼れる専用法がない。2025年10月の摘発も、わいせつ物頒布といった既存の罪をなんとか当てはめる形だった。政府は2026年度中に対策をまとめる方針を示しているが、まだ形にはなっていない。

韓国の今回の判決が日本に突きつけているのは、「専用法を作れば解決する」という見立てが甘い、という事実だ。韓国は専用法を持っていてなお、AIの進化に条文が追い越された。日本がこれから法律を設計するなら、「実在の被害者」という入口で線を引いた瞬間に、同じ場所に穴が開く。設計の出発点をどこに置くかが問われている。

🏁 問われているのは「被害者が実在するか」ではなく「社会的な害をどう測るか」

この判決のいちばんの読みどころは、無罪そのものではない。法律が「誰を守るか」で書かれているあいだは、その「誰」が存在しないと言い張られた瞬間に効力を失う、という構造が見えたことにある。

専門家が指摘するとおり、争点を「被害者が実在するか」から「社会にどんな害をもたらすか」へ移せるかどうか。実在の人物がいなくても、その種の画像が出回ること自体が市場をつくり、現実の被害を呼び込む。そこを害ととらえて条文を組めるか。韓国の地裁が一つの判決で示したこの空白は、これから性的ディープフェイクを規制しようとするすべての国の宿題でもある。日本は、その宿題を韓国より遅れて、しかも答えを見ながら解くことになる。