📊 3行サマリー
- 欧州委員会が2026年5月20日、ドイツの半導体素材2社へ計2億8,800万ユーロ(約470億円)の州補助金を承認
- カール・ツァイスのEUV光学コラム工場へ2億2,200万ユーロ、Zadient Materials EuropeのSiC(炭化ケイ素)原料工場へ6,600万ユーロを直接交付
- ASMLサプライ構造は「光学はドイツ・化学は日本」のまま固定化。JSR・信越化学・東京応化など日本フォトレジスト5社(EUV関連で世界シェア90%超)は当面の地位を保つ
📝 欧州委、ドイツ半導体素材に約470億円補助。ASML向け光学とSiC原料が対象
欧州委員会は2026年5月20日、ドイツに対する半導体関連の州補助金として総額2億8,800万ユーロ(約470億円)を承認した。受給するのは独カール・ツァイス(Carl Zeiss)の「HNA@SCALE」プロジェクトと、Zadient Materials Europe社の「Sic-Pro」プロジェクトの2件。Zeissがバーデン=ヴュルテンベルク州オーバーコッヘンに次世代EUV(極端紫外線)光学コラムの量産拠点を新設し、Zadientは東部ザクセン=アンハルト州ビッターフェルトに超純度SiC(炭化ケイ素)原料の循環型工場を立ち上げる。いずれも欧州チップ法(European Chips Act)の「初型施設(first-of-a-kind facilities)」として認定された。
📰 欧州委プレスリリース:「Zeissは€222M、Zadientは€66Mを直接交付で受給」
元ネタ:Commission approves €288 million German State aid for first-of-a-kind facilities in semiconductor value chain(European Commission / 2026年5月20日)
The aid will take the form of a direct grant of €222 million… A separate €66 million grant will support Zadient’s ‘Sic-Pro’ project in Bitterfeld.
欧州委員会は両工場を「グローバル供給網のチョークポイントに位置する希少設備」と位置づけている。Zeissの光学コラムは「次世代EUV露光機の中核」、Zadientの超純度SiCは「パワー半導体・EVトラクションインバータの基幹素材」だ。両社は欧州チップ法上の「統合生産施設(IPF)」認定もあわせて申請中になっている。
🔥 欧州チップ法は累計800億ユーロ投資、ASML依存からの脱却は半分しか進まない
2023年に発効した欧州チップ法は、当初430億ユーロの投資誘発を目標としていた。実績は累計800億ユーロを超え、当初目標のほぼ倍近くまでチップ関連投資を集めている(欧州委員会発表)。ただしシンクタンクBruegelは2026年の分析リポート「Revamping Europe’s chips strategy: indispensability, not self-sufficiency」で、「半導体の自給自足は実現不能で、望ましくもない」と指摘する。戦略の軸足は「self-sufficiency(自給自足)」から「indispensability(他者が回避できない不可欠性)」へ移すべき、というのがBruegelの提言だ。
今回承認されたZeissのEUV光学コラムは、この「不可欠性」モデルの典型例にあたる。ASML(オランダ)が量産する最先端EUV露光機は、世界の先端ロジック半導体製造において事実上独占状態にあるが、その心臓部の光学系はZeissしか作れない。光学はドイツ、装置組立はオランダ、化学(フォトレジスト・現像液など)は日本、という三国分業が、欧州チップ法でも温存される構図になっている。Chips Act 2の改訂版は2027年Q2に提案予定で、AI時代の演算需要と地政学リスクを踏まえた追加投資が盛り込まれる見通しだ。
🇯🇵 信越化学・JSRは安泰、ロームは欧州SiC原料の自前化に長期警戒
日本企業への直接的な影響は、フォトレジストとSiCで真逆に出る。EUVフォトレジストはJSR・東京応化工業・信越化学工業・住友化学・富士フイルムの5社で世界シェア90%超を占め、EUV関連レジストはほぼ独占状態だ。Zeissに2億2,200万ユーロが投入されても、補助対象は光学コラム工程に限定される。レジスト・現像液などの化学プロセスはそのまま日本企業に発注され続ける。Zeiss新工場の稼働で次世代EUV装置の供給能力が増えれば、日本のレジスト需要も連動して伸びる。北海道に建設中のラピダスもASML EUV装置を導入予定で、Zeissの増産は安定調達につながる。
一方、Zadientの6,600万ユーロのSiC原料工場は、日本のパワー半導体プレイヤー(ローム、三菱電機、富士電機、東芝、デンソー子会社)にとって中長期的な競合要因になる。SiCはEVや産業機器向けの次世代パワー半導体素材で、ロームは2030年に世界シェア30%を目標としている。原料インゴット段階で欧州が独自供給能力を握ると、欧州自動車メーカー(VW、Stellantis、メルセデス)はSiCをEU域内で完結できる選択肢が増える。日本企業との取引比率を見直す余地が、確実に生まれてくる。
🏁 ドイツ補助はEUの光学独占を強化、化学・SiCデバイスは日本に残る
今回の€288M承認の内訳を見ると、欧州チップ法の戦略軸が「自給自足」から「不可欠性」へ静かに振れていることが分かる。光学コラム(ASML向け)とSiC原料という、ピンポイントの「チョークポイント」に資金を集中させ、化学プロセスや完成デバイスでは日本との分業を続ける。Bruegelの提言に沿った投資の流れと読める。日本企業として警戒したいのは、欧州がSiCウェハ・EUVレジスト周辺で同様の「不可欠ポイント」を新たに作り始めるシグナルが出るかどうか、この一点に尽きる。


