ユーロビジョンへの対抗軸——23カ国が競った「インタービジョン」が2026年リヤドへ
2026年9月、サウジアラビアの首都リヤドで国際音楽コンテスト「インタービジョン2026」が開催される。第1回は2025年9月にモスクワで行われ、23カ国が参加。ベトナムのシンガーソングライター、Duc Phucが3,000万ルーブル(約3,600万円)の賞金を手にして優勝した。第2回はロシア芸術伝統基金とサウジアラビア文化省の共同主催となり、ベラルーシ、ブラジル、ロシア、サウジアラビアなどの参加が確定済みで、記録的な参加国数が見込まれる。ロシアのセルゲイ・ラヴロフ外相は2026年2月、サウジアラビアの皇太子ムハンマド・ビン・サルマーンとロシア大統領プーチンの間でこの開催合意が確認されたと発表した。この一報が示すのは単なるイベント誘致ではなく、石油王国が「音楽産業」を本気で国策に据えたという宣言だ。
元記事・原文引用
元ネタ:サウジアラビア、新ソングコンテスト「インタービジョン」第2回を2026年に開催へ(Arab News 日本語版)
次の大会は「文化遺産と創造性を際立たせる革新的なパフォーマンスで、記録的な参加者を集めることが期待される」とされている(サウジ国営通信)
音楽を禁じた国が国際コンテストを主催するまでの8年間
インタービジョンとは何か。もともとは1965年から1968年にかけてチェコスロバキア、1977年から1980年にかけてポーランドで開催された旧ソビエト圏のソング・コンテストで、ロシアが2025年に復活させたユーロビジョンへの対抗軸だ。ユーロビジョンが欧州放送連合主導の西欧的価値観の祭典であるのに対し、インタービジョンはロシア・中東・アジア・アフリカ・南米を繋ぐ「もう一つの音楽秩序」を構築しようという試みと読める。
そのコンテストをサウジアラビアが招致したことには、明確な背景がある。2016年以前、サウジアラビアでは公共の場での音楽演奏や男女混合イベントは事実上禁止されていた。それがビジョン2030の開始とともに劇的に変わった。2017年にコンサートが解禁され、2019年にはサウジアラビア国立オーケストラが設立。2024年のリヤド・シーズンでは「MDLBEASTサウンドストーム」に延べ4万人が参加し、国内エンタメ市場は2026年時点で29.8億ドル規模(GlobeNewsWire, 2026年2月)に達し、2031年には53.6億ドルへ拡大する見通しで、年平均成長率は12.4%だ。政府はエンタメインフラに総額640億ドルを投じる計画を掲げ、コンサートホール・スタジオ・人材育成機関を国家予算で整備する方向で動いている。
「クールジャパン」より10倍速い——サウジの文化産業国策化が日本に問いかけるもの
日本のコンテンツ産業に引きつけると、サウジアラビアの動きは一つの問いを突きつける。日本では2010年代から「クールジャパン戦略」を掲げ、アニメ・ゲーム・音楽の海外展開を推進してきた。しかし予算規模・実行スピード・成果のいずれをとっても、サウジアラビアの政策運営とは大きな差がある。サウジはビジョン2030の発動からわずか8年で「音楽禁止国」から「国際コンテスト主催国」へと変わった。中東・北アフリカ地域の録音音楽収益は2023年に14.4%増加し(国際レコード産業連盟2024年版グローバル音楽レポート)、世界平均の10.2%を上回っている。インタービジョンへの参加はアジア太平洋経済協力加盟国全体にも呼びかけられており、日本の音楽業界がこの場にどう向き合うかは、今後の文化外交の焦点となりうる。
ソフトパワーか、産業転換か——「音楽大国化」の本質を読む
サウジアラビアが音楽産業に傾注する動機には二つの読み方がある。一つは「脱石油」という現実的な産業転換だ。石油収益が長期的に減少するという前提のもと、エンタメ・観光・スポーツを次の収益源として育てる。もう一つは「ソフトパワーの再設計」だ。欧米主導の国際秩序に対して、中東・アジア・南米を繋ぐ文化的な対抗軸を持つことで、地政学的な影響力を持続させようとする意図が見える。インタービジョンをロシアと共同開催するという選択は、後者の読みをより強く支持する材料だ。
どちらの動機が主であれ、8年で文化産業の地図を塗り替えたサウジアラビアの実行力は事実として残る。インタービジョン2026がリヤドで開幕するとき、音楽はもはや「娯楽」ではなく「国家戦略」として世界に発信される。石油を持つ国が音楽を持つ国になろうとするとき、その動きを「ソフトパワー外交」と一言で片付けることはできない——筆者は、これをビジョン2030が仕掛けた「産業転換の最終試験」と読む。では、日本を含む各国はこの「音楽を通じた新しい国際秩序の形成」にどう向き合うのか。


