GPS偽信号が8空港を同時襲撃——議会答弁で明かされた攻撃の全貌

インドの8つの主要空港でGPSスプーフィング攻撃が確認された。デリー・インディラ・ガンジー国際空港、ムンバイ、コルカタ、チェンナイ、ハイデラバード、ベンガルール、アムリトサル——攻撃は特定の一空港にとどまらず、国内主要拠点を横断する組織的なものだった。2025年12月、インドの民間航空大臣ラム・モハン・ナイドゥ氏が議会でこの事実を公式に認め、国内外に衝撃を与えた。

GPSスプーフィングとは、衛星から届く測位信号に似せた偽信号を地上から送信し、航空機のナビゲーションシステムを騙す攻撃手法だ。機体は自分の位置と高度を誤認し、正確な滑走路への進入が困難になる。デリーの滑走路10番では実際に着陸進入中のパイロットが異常を検知し、衛星航法から従来型の地上支援航法へ切り替える「フォールバック手順」を実施した。幸い被害には至らなかったが、「幸運」に依存する安全管理はもはや成立しない。

元記事・原文引用

元ネタIndia reveals GPS spoofing at eight major airports(The Register / 2025年12月3日)

“pilots can’t rely on satellite navigation – doing so could be catastrophic – and must instead find their way using other means.”

「弱くて偽造しやすい」——GPS信号の構造的欠陥が航空安全の盲点になるまで

GPS信号の電力は非常に弱く、地上で受信される強度はおよそマイナス130デシベルミリワット。スマートフォンのWi-Fi信号の数百万分の一に過ぎない。この弱さが攻撃の温床になる。地上から同周波数帯の強い偽信号を送信するだけで、受信機は本物の衛星信号を圧倒されて正確な位置を計算できなくなる。

攻撃は2段階で行われることが多い。まず「ジャミング」——妨害電波で本物の衛星信号を掻き消す。次に「スプーフィング」——偽の位置情報を持った信号を注入し、機体の自動着陸システムを誤った座標へと誘導する。機体にとっては「信頼できる信号を受信している」と見えるため、異常の検出が難しい。民間航空当局(DGCA)と空港公団(AAI)がワイヤレス監視機構と連携して信号源の特定を進めているが、発信源の匿名性が捜査を困難にしている。

同様の攻撃は世界で急増している。中東では2023年以降、飛行機が数百キロずれた位置に誘導される事案が多発。東欧・バルト海周辺でも全球航法衛星システム(GNSS)妨害が常態化しており、フィンランドやエストニア周辺の航空機は着陸に支障をきたすケースが相次いでいる。インドのケースはこの「地政学リスクと連動したサイバー攻撃」が南アジアにも波及したことを示す。The Registerは「パイロットは衛星航法を信頼できない——信頼すれば致命的になり得る」と端的に表現した。

羽田・成田も無縁ではない——日本の空港が直面するGNSS依存のリスク

日本の航空管制は、全球航法衛星システムをベースにした衛星着陸システム「多機能衛星強化システム(MSAS)」を導入している。羽田空港(年間旅客数約8,700万人)と成田空港(約4,000万人)を含む主要空港では、視界不良時などにGNSS情報を活用した精密進入が行われており、GPSスプーフィングへの脆弱性は構造的にインドと同一だ。

国土交通省が推進する将来の航空交通システム整備計画(CARATS)では、2030年代に向けて全球航法衛星システムへの依存度をさらに高める方向が示されている。利便性と効率化を追求するほど、一点の信号への依存が高まり、攻撃面は広がる。日本の対策として、フォールバック手順の整備や計器着陸システム(ILS)の維持が重要になるが、老朽化した地上設備の更新は遅れがちだ。「デジタル化の恩恵を受けるほど、アナログの冗長性がむしろ重要になる」というパラドックスが、ここでも成立している。

「幸運」に頼る安全管理の終焉——空の冗長性をどう設計するか

インドのGPSスプーフィング事件が突きつけるのは、航空インフラへのサイバー攻撃が「あり得ない話」から「すでに起きている現実」へと移行したという事実だ。ランサムウェアやDDoS攻撃のような目に見える被害ではなく、「信号の偽装」という見えない手段が使われた点で、検知も対策も格段に難しい。インドの空港では今回「フォールバック手順が機能した」が、訓練不足のパイロットや混雑した管制環境では同じ結果にはならない可能性がある。

デジタル化のメリットを享受しながら安全を守るには、一つの信号源への全面依存を避ける冗長性の設計が不可欠だ。全球航法衛星システムが狂っても慣性航法装置(INS)と地上支援が機能する多層防衛、パイロットが衛星航法以外でも着陸できる手動スキルの維持、空港ごとにスプーフィングを検知できるアンチスプーフィングシステムの整備——これらは「技術の問題」ではなく「意志決定と予算の問題」だ。

空の安全を守るのはパイロットの腕だけではない時代に、日本はインドの教訓を「他国の話」として見過ごせる立場にあるだろうか。デジタル依存が深まる航空インフラにおいて、冗長性に投資するかどうかは政策の選択だ。次の飛行機が滑走路に正しく降りることができるかどうかは今、宇宙の衛星だけでなく、地上の意志にもかかっている。

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