関税はコスメの「棚」から始まって、財布まで届く

2025年4月、トランプ政権が発動した「解放の日」関税(Liberation Day Tariffs)は、ファッションや電子機器と同様に美容業界にも壁を作った。だが問題は単純な値段の話ではない。原材料・パッケージング・完成品という三つの経路すべてに課税が集中したことで、ビューティのサプライチェーン全体が同時に圧迫される構造的危機が生まれた。

推計の規模を示す数字がある。米国国勢調査局と米国商工会議所のデータを基にした試算によれば、現行関税が維持された場合に美容・パーソナルケア輸入業者が追加で負担するコストは年間202億ドルに上る。これは業界全体に広く薄く課せられる「静かな税」ではなく、規模の小さいブランドほど重くのしかかる非対称な負担である。

元記事・原文引用

元ネタBeauty sector hunts for legal loopholes as US tariffs take effect(Personal Care Insights / 2025年8月4日)

“The ‘First Sale’ rule allows duties to be calculated on factory prices rather than retail values. However, compliance is expensive — ‘Only fancy people can truly afford it,’ per trade lawyer Michael T. Cone.”

三つの経路から同時に課税される——ビューティが特に弱い理由

美容製品のコスト構造が関税に弱い理由は、グローバルなサプライチェーンの重層性にある。原材料(アボベンゾン・ホモサレートなど日焼け止め成分の多くは中国製)、パッケージング(アルミニウムチューブ・エアゾール缶・キャップは頻繁に半製品で輸入)、最終的なK-beautyやフレグランスの完成品輸入——この三層すべてに関税がかかる。

関税率の組み合わせが問題を深刻にする。中国からの原材料・完成品に55%、韓国の完成品に15%、欧州の高級フレグランスに15%、アルミニウム原材料に50%(2025年6月に倍増)。フレグランスは「数百から数千の成分が複数の国境をまたぐ」製品であり、一本の香水に複数の関税が積み重なる。その結果、専門家はパッケージングコストの「20%前後の変動」を2026年に予測し、消費者が実際に価格上昇を体験するのはまさに今——2026年第1~2四半期と見込んでいた。

大企業だけが使える「抜け穴」——First Sale Ruleの格差

規模の大きいブランドには活路がある。「First Sale Rule(ファースト・セール・ルール)」と呼ばれる米国関税法の規定で、関税を最終小売価格ではなく工場出荷価格を基準に算出できる仕組みだ。ロレアルはこの方式を活用しながら欧州製高級フレグランスの在庫を積み上げ、プロクター・アンド・ギャンブルやイー・エル・エフ・ビューティ(e.l.f. Beauty)は既に価格引き上げで応答している。KPMGによればファースト・セール・ルールの問い合わせは2025年に3倍に急増した

しかし貿易弁護士のマイケル・T・コーン氏が語るように「ファースト・セール・ルールは”お金のある人”しか本当には使えない」。コンプライアンス体制の整備に多額の費用がかかるため、中小ブランドには現実的でない。独立系美容協会(暫定最高経営責任者・アケミ・オオカ氏)によれば、中小は調達先切り替えの際に「SKUごとに数千ドル」の再テスト費用が発生する。市場全体の輸入の56%が原材料と中間財で占められていることを考えると、中小ブランドのほぼ全工程がこの問題にさらされている。

J-beautyは圏外ではない——日本ブランドが受ける関税の波

K-beautyが17億ドル(2024年、前年比50%増)の対米輸出規模を誇る一方、日本の美容・パーソナルケアブランドも米国市場で存在感を持つ。資生堂・コーセー・花王はいずれも北米市場を重要な成長軸と位置づけており、現地製造分を除く輸入ベースの商品には同様の関税が適用される。

日本からの対米輸出に適用される基本税率は10%台であり、韓国と近い水準だ。スキンケアのコア成分(ヒアルロン酸・ナイアシンアミドなど)の一部は日本や韓国で製造されたのち米国に輸出される流れを持つ。さらに、米国市場でJ-beautyを愛用する日本在住の消費者が個人輸入や越境EC(電子商取引)で購入するケースでも、現地価格の上昇は実効的な「輸入物価上昇」として届く。関税は太平洋の向こうの話ではなく、日本のドラッグストアの棚にも時間差で影響する。

「説明なき値上げ」は失客を招く——2026年は透明性が競争力になる

McKinseyの調査では、ファッション・ビューティ業界幹部の71%が2026年に価格引き上げを計画している。だがファッション工科大学のキース・フレーリー助教授が指摘するように「消費者は情報通であり、価格上昇には具体的な根拠を求める」。実際に消費者の91%が既に値上がりを認識し、83%がその理由の説明を望んでいるというデータもある。

アメリカのビューティ市場は年間680億ドルを超える。関税は産業全体のコスト方程式を書き換えているが、真に問われているのは「価格の正直さ」だ。大企業が抜け穴を活用しながら沈黙し、中小ブランドがコストを飲み込んで廃業する——そのどちらも消費者の信頼を長期的に損なう。今後12~18ヶ月の価格変動は業界の透明性を試す踏み絵になる。日本のビューティブランドが米国市場で生き残るためにも、この変化を「対岸の火事」として見過ごす余裕はない。

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