世界最大の音楽レーベルが、ボリウッドに80億円を投じた

2026年1月5日、ユニバーサル・ミュージック・グループがインドの映画製作会社「エクセル・エンタテインメント(Excel Entertainment)」の株式30%を取得したと発表した。この取引でエクセル・エンタテインメントの企業価値は約2,400億インドルピー(およそ4,000億円)と評価され、ユニバーサル・ミュージックの出資額は約80億円(8,000万ドル相当)に上る。ストリーミングで急成長するインド音楽市場に、世界最大の音楽レーベルが本格的な賭けに出た。

元記事・原文引用

元ネタUniversal Music acquires 30% stake in India’s Excel Entertainment, valuing Bollywood production house at $267m(Music Business Worldwide / 2026年1月5日)

“Original soundtracks remain at the heart of India’s fast-growing music market, with listeners across the globe increasingly seeking out this genre.” — アダム・グラニテ(ユニバーサル・ミュージック、アフリカ・中東・アジア担当最高経営責任者)

映画音楽がインド市場の中核にある——ボリウッドビジネスの構造

エクセル・エンタテインメントは1999年にリテシュ・シドワニとファルハン・アクタルの二人が設立した映画・デジタルコンテンツ制作会社だ。アカデミー賞インド代表作「ガリー・ボーイ(Gully Boy)」(2019年)、アマゾン・プライム・ビデオ初のインド製オリジナル作品でエミー賞にもノミネートされた「インサイド・エッジ(Inside Edge)」などを手がけてきた。単なる映画制作会社ではなく、インドのデジタルコンテンツ産業を牽引してきた企業である。

ボリウッドでは映画のプロモーションの一環として、公開数週間前から楽曲がリリースされる。楽曲が話題になることで映画への注目度が高まり、映画の興行成績が音楽のストリーミング再生数をさらに押し上げる——この相互強化のサイクルが、インド音楽市場の成長を支えている。ユニバーサル・ミュージックのグラニテ最高経営責任者が「映画オリジナル・サウンドトラックは、インドの急成長する音楽市場の中核にある」と語ったのも、この構造を正確に捉えてのことだ。今回の取引でユニバーサル・ミュージックはエクセル・エンタテインメントが製作するすべての将来作品のサウンドトラックについて、全世界での配信権を獲得した。さらにエクセル専用の音楽レーベルを立ち上げ、ユニバーサル・ミュージック・パブリッシング・グループがエクセルの独占音楽出版パートナーとなる。

インド・ブランド・エクイティ財団(IBEF)の調査によると、インド音楽市場は2026年に約8,900億円規模へ成長する見込みで、年成長率は13.4%という驚異的なペースが続く。スマートフォンの急普及と、通信大手ジオ(Jio)が牽引した廉価モバイルデータ通信の普及が、数億人のインド人をストリーミングに誘導した。現在インドは世界15位の音楽市場にすぎないが、この「ストリーミング人口爆発」が、世界の音楽レーベルにとってインドを無視できない市場に変えつつある。

日本の音楽産業が学べる「映画×音楽」の相乗効果モデル

日本の音楽市場は世界第2位(約3,000億円規模)を誇るが、ストリーミング移行の遅れという課題を抱えてきた。対してインドは市場規模こそ小さいが、ストリーミングが音楽産業の主軸にある。ここで注目すべきは、インドと日本がともに「映画・映像コンテンツが音楽消費を動かす市場」という共通構造を持つ点だ。日本ではアニメの主題歌や映画の挿入歌が常にストリーミングチャートの上位を占め、コンテンツと音楽の相乗効果が産業を支えている。ボリウッドも同様のモデルで機能してきた。

今回の取引は、世界最大の音楽レーベルがこのインド固有のモデルを「グローバル規模で展開できる」と判断したことを意味する。ユニバーサル・ミュージックはすでに2022年にインドの音楽・エンタテインメント企業「ティーエム・ベンチャーズ(TM Ventures)」の過半数株式を取得し、2025年にはインドの人気ラッパー「バドシャー(Badshah)」と共同レーベルを設立、同年8月にはマドック・フィルムズ(Maddock Films)とも提携するなど、インド展開を段階的に積み上げてきた。エクセル・エンタテインメントへの出資はその集大成であり、インド発の映画音楽を世界の「商品」に変える体制が整った形だ。

日本のソニー・ミュージックエンタテインメントやエイベックスなど国内大手が、インドの映画音楽市場でどう動くかが今後の焦点になる。アニメと映画音楽のシナジーを最も熟知している日本の音楽産業が、インドとどのような形で組むのか——その問いが、「インド音楽の時代」において問われはじめている。

世界音楽産業の重心がアジアに移る——その先にあるもの

世界の音楽産業が長くアメリカ・ヨーロッパ中心だった時代は終わりに近い。韓国のK-popが世界市場を開拓し、ナイジェリアのアフロビーツがグローバルチャートに定着し、そしてインドのボリウッド音楽が次の波として台頭しようとしている。ユニバーサル・ミュージックが80億円を投じたことの本質は、音楽産業の地政学が変わりつつあるという確信の表明だ。インドの14億人という消費者市場、年率13.4%という成長率、映画とデジタルが一体化したコンテンツモデル——この3つが揃った市場に、最大手が本腰を入れたとき何が起きるか。「インド音楽の世界展開」が現実のものとなるとき、日本の私たちは聴き手として、そして産業として、どう向き合うことになるのだろうか。

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エクセル・エンタテインメント制作。ムンバイのスラム街出身の青年がラッパーとして成長する実話ベースの物語。アカデミー賞インド代表作。