どんなニュース?

フランスの政府系サイバー情報機関「Viginum」は2026年2月、ロシアの偽情報工作グループ「Storm-1516」がエマニュエル・マクロン仏大統領を標的に、大規模な誹謗中傷キャンペーンを展開していたことを公表した。

工作の中身はこうだ。米司法省が公開したエプスタイン関連文書の「熱狂」を利用し、「マクロンがエプスタインの犯罪的なパーティに参加していた」という虚偽のメールや、フランスの大手紙「リベラシオン」「ル・パリジャン」を偽装した架空の記事が大量に作成・拡散された。さらにAIが生成したニュース動画まで用意され、これらは「Matryoshka」と呼ばれるクレムリン系のボットネットワークによって一斉に増幅された。

フランス当局の検証では、捏造メールはDOJの公式データベースには存在せず、2紙ともそのような記事を掲載した事実がないと否定している。「偶然の拡散」に見えたものは、最初から計画的な情報工作だった。

元記事・原文引用

元ネタRussian actors behind smear campaign to frame Macron in the Epstein files(Euronews / 2026年2月6日)

“It turns out that Russian networks are amplifying it directly. It turns out that chance has nothing to do with it either.”

なぜ今、話題になっているの?

背景には「エプスタイン文書フィーバー」がある。2025年末から2026年初頭にかけて米政府がエプスタイン関連の機密解除文書を段階的に公開し、「誰が隠れて関与していたか」という世界規模の推測合戦がSNSを中心に巻き起こった。X(旧Twitter)やTelegramでは、著名政治家や芸能人の名前がリストに挙げられるたびにバイラルする現象が続いており、フェイクコンテンツが混入しても多くの人が真偽確認をせずに拡散した。

ロシアにとって、このフィーバーはウクライナ支援の旗手であるマクロンの信頼を崩す絶好の機会だった。Storm-1516はこれまでもゼレンスキー大統領やドイツ政府を標的にした類似工作を展開しており、「欧米指導者への不信感の醸成」がテンプレート化している。偽ニュースの「見た目の本物らしさ」を担保するためにAI生成コンテンツを多用するようになった点が2026年工作の新しい構造的変化だ。

EUではどう報じられているか

Euronewsをはじめ欧州主要メディアの論調は「脅威の可視化」に重きを置く批判的・告発的なものだ。単に「フェイクだった」と報じるだけでなく、どのアカウントが最初に拡散したか、ボットネットの規模はどの程度か、という技術的な追跡報告まで含む詳細な報道が行われた。

フランス国内では政府への信頼回復を優先する報道が目立つ一方、野党や一部右派メディアは「そもそもマクロン政権はこうした偽情報をロシアのせいにする傾向がある」と批判する声も上がった。ハンガリーのオルバン政権に近いメディアは当初この工作情報を積極的に拡散していたとも報告されており、EU内部での情報戦の複雑さを示している。

欧州世論全体では、「ロシアの工作は分かった。でも自国政府の情報機関がどこまで信頼できるか」という二重の懐疑が広がっているのが実態だ。Euronewsが2026年2月に発表した調査では、EU市民の72%が「偽情報に接触したことがある」と回答しており、フェイクニュースへの警戒感は高まっているものの、何が本当に「偽」かを判断できるという自信を持つ人は3割にとどまった。

まとめ

今回の工作が示す構造はシンプルだ——「人々が信じたいもの」に寄り添ったフェイクは、疑われにくい。エプスタイン文書への関心は正当なものだが、その「熱狂」は偽情報が入り込む完璧な環境を生み出した。Storm-1516が多用したのは、AIで精巧に作られた偽コンテンツと、実在する著名メディアの偽装という組み合わせだ。これは技術の問題というより、「本物そっくりのもの」を大量生産・高速拡散できる時代になったことへの構造的な問題だ。

日本でも2025年以降、AIによる偽動画や著名人を装った詐欺広告が急増しており、同じ工作手法が「民間版」として広がりつつある。EUがVigeniumのような公的な偽情報監視機関を持ち、迅速に公表・対処できる体制を整えているのに対し、日本の対応は個別の法執行に留まっている。「偽情報との戦い」はもはや国家安全保障と情報リテラシーの両方にまたがる課題だ。