どんなニュース?
サウジアラビアの25歳の女性作家ケンダ・ジャンビ(Kendah Jambi)が、2026年に新作小説「Khalil(ハリール)」の発表を控えている。ファンタジー三部作「The Voyagers」(2021)、「The Historian」(2023)、「The Epic of Frost」(2024)で注目を集めた彼女が挑む新作は、アラビアの民間伝承と現代サウジアラビアの景観を融合させた「ヘリテージ・ファンタジー」だ。つまり、魔法使いや精霊が登場するのに舞台は現代サウジアラビアのリヤドやジッダ——という、これまでアラビア語文学にはなかった形式の物語である。Vision 2030が加速させた文化開放のなかで育った新世代が、アラビア語コンテンツの可能性を広げようとしている。
元記事・原文引用
元ネタ:Saudi author brings stories closer to home(Arab News / 2025年7月)
“‘Khalil’ takes place in our modern-day Saudi Arabia across different regions. It reflects our heritage and traditions while being completely inspired by Arabian mythology.”
なぜ今、話題になっているの?
サウジアラビアはかつて、文化的表現に厳しい制約があった国だ。女性が公の場で発言すること、ファンタジー小説が社会的に認められること——これらが当たり前になったのは、実はここ10年以内の変化である。その変化を生んだ構造的な原動力が「Vision 2030」だ。2016年にムハンマド・ビン・サルマン皇太子が主導した国家変革プロジェクトは、石油依存からの脱却を掲げる一方で、文化・エンターテインメント産業への大規模投資を実施した。映画館の解禁、国際映画祭(レッドシー国際映画祭)の創設、出版産業への支援——こうした政策が25歳の若い作家が活躍できる土壌を作ったのである。
「Khalil」で再解釈される民話の魔女「ウム・アル=サーフ・ワ・アル=リーフ」は、伝統的には「椰子の木の上に座り子どもを食べる恐ろしい存在」として語られてきた。ジャンビはこの人物を「アル=サーフとアル=リーフという名の子を持つ、変わり者だが人間的な母親」として再解釈する。イランの叙事詩「シャーナーメ」やインドの「ラーマーヤナ」が民族的アイデンティティの柱となったように、サウジアラビアも自国の神話体系を現代文学に再構築しようとしている——その最前線にいるのがケンダ・ジャンビだ。
さらに注目すべきは「Manga Arabia(マンガ・アラビア)」との連携だ。ジャンビの三部作はマンガ版に翻案され、それが小説本編の読者層を大きく拡大したという。日本発の「マンガ」というフォーマットが中東の若者文化に深く根づいていることの証左であり、ジャンビ自身も「もともとマンガとして書こうとしたものが小説になった」と語っている。コンテンツが小説↔マンガ↔デジタルを行き来する現代的なメディアミックスの構造が、サウジ文学の新世代では当たり前になりつつある。
日本でも楽しめるか?——アラビア語文学への入口として
ケンダ・ジャンビの作品は現状アラビア語のみで刊行されており、日本語訳はまだ存在しない。しかし、アラビア語文学への入口として日本でアクセス可能な作品がいくつかある。サウジ人作家イブラヒム・アッバース(Ibraheem Abbas)の「HWJN(ハウジャン)」は英語版がAmazonで購入可能で、ジン(精霊)と人間の恋愛を描く物語は「異世界転生もの」に親しんだ読者にも入りやすい。同作は2023年にサウジ映画としても製作されており、中東ファンタジーのひとつの到達点となっている。
ケンダ・ジャンビが語る目標は「世界がアラビア語を好きになること」だ。日本でも、アラビア語文学は「難解」という先入観を持たれがちだが、Vision 2030が育てた新世代の作家たちは、自国の神話を現代エンターテインメントのフォーマットで世界に届けようとしている。「Manga Arabia」という日本発フォーマットを使いながら、アラビア神話を世界へ——その逆輸入的な文化の流れは、今後ますます加速していくだろう。
まとめ
「アラビア語文学」と聞いて連想するのが千夜一夜物語止まりだとしたら、それはもう過去のイメージだ。25歳のケンダ・ジャンビが描く現代サウジアラビアは、自国の民話を再創造しながら世界に発信しようとする、若い文化のフロンティアである。Vision 2030が文化産業への投資を続ける限り、こうした新世代の声はますます国際舞台に登場してくるだろう。日本のマンガが中東の若者に届き、中東の神話が世界の読者へ届く——ケンダ・ジャンビの挑戦は、コンテンツの国境がますます曖昧になる時代の象徴でもある。


