どんなニュース?

2026年3月24日、欧州ディープテックの現状を分析した「2026 European Deeptech Report」が公開された。VC(ベンチャーキャピタル)が支援する欧州ディープテック企業の総評価額は6,900億ドル(約100兆円)に達し、欧州のVC投資全体に占めるディープテックの割合は32%へと過去最高を記録した。これは10年前と比べて2倍以上の比率だ。さらに、欧州ディープテックの中心地という点で驚くべき地殻変動が起きた——パリがロンドンを抜き、欧州最大のディープテックハブとなったのだ。「10年前には想像もできなかったことが起きている」とDealroom創業者兼CEOは言う。

元記事・原文引用

元ネタThe 2026 European Deeptech Report: Sector reaches $690B as VC share hits record(Tech.eu / 2026年3月24日)

“European deeptech now captures nearly a third of all venture capital, which would have been hard to imagine a decade ago.” — Yoram Wijngaarde, Dealroom CEO

なぜ今、話題になっているの?

この急成長を生み出した構造的な背景は3つある。

① ロシア・ウクライナ戦争が防衛テックに火をつけた
2022年の侵攻以降、欧州各国は防衛費を急増させた。その資金の一部が民間の防衛関連スタートアップ(ドローン・サイバーセキュリティ・衛星通信など)に流れており、2026年版レポートでは「防衛関連投資が顕著に増加した」とされている。かつて「戦争産業とは距離を置く」と言われていた欧州のVCが、安全保障関連ディープテックを”必要な投資先”と位置づけ始めたのだ。

② フランス「France 2030」計画がパリを最強ハブに押し上げた
パリが欧州首位(30億ドル)を獲得したのは偶然ではない。マクロン政権が推進する産業政策「France 2030」は約540億ユーロの公的投資を約束し、量子コンピューティング・バイオテクノロジー・AI半導体の国内育成に重点を置いた。政府が「呼び水」となることで、民間VCが追随した構図だ。ロンドン(22億ドル)・ミュンヘン(18億ドル)を引き離した差は、国家戦略の違いがそのまま数字に出た。

③ 大学→スピンアウトのサイクルが世界最強
ETH Zurich(スイス連邦工科大学チューリッヒ校)とEPFL(ローザンヌ工科大学)は、ディープテック創業者・スピンアウト輩出数で世界1位2位を占めた。欧州が世界のトップ級ディープテック大学の30%を抱えていることが、持続的なスタートアップ創出の源泉となっている。研究成果を事業化するエコシステム——TTO(技術移転オフィス)の整備、共同出資ファンド、大学発VC——が機能していることが、投資家の信頼を高めている。

一方で課題も明確だ。後期ラウンド(シリーズC以降)では資金調達ギャップが続いており、成長段階で米国に頭脳が流出するリスクが指摘されている。「2021年のピークに比べてVC全体の投資は落ち込んでいるが、ディープテックへの資金は相対的に堅調」という事実は、リスク資本が短期回収できるSaaS型より「5〜10年スパンで社会課題を解くハードウェア・科学系スタートアップ」へシフトしていることを示している。

日本のディープテック投資と何が違うのか

日本にとってこのレポートは「比較の鏡」として機能する。日本政府は科学技術立国を掲げ、2023年以降NEDOやJSTを通じたディープテック支援を強化してきた。しかし欧州と日本の間には、構造的な差が3点ある。

まず民間VCの関与度だ。欧州ではディープテック向けVC投資が全体の32%を占めるが、日本ではディープテックへの民間VC投資比率はいまだ10%台とされる(経産省調査)。政府系資金が先行し、民間が後に続く構図は変わっていない。

次に大学のスピンアウト力だ。ETH Zurichが世界首位を獲得した一方、東京大学・京都大学のスピンアウト数は増加傾向にあるものの、「大学発ベンチャーの企業価値が低い」「上場までのパスが不明確」という指摘が続く。教員の兼業規制緩和や株式取得ルール改正は進んでいるが、エコシステムの厚みで欧州主要大学には及ばない。

そして国家戦略の一貫性だ。フランスの「France 2030」のように、特定分野へ数兆円規模の予算を集中投下し10年単位で継続するモデルは、日本の単年度予算主義とは対照的だ。「半導体・AI・量子」に重点投資する方針は共通しているが、実行の継続性と民間を誘引する仕組みに差がある。

欧州ディープテックが「パリがロンドンを超えた」という驚きを生んだように、国家戦略の設計次第で都市・国家の序列は10年で塗り替わる。日本がディープテック大国を目指すなら、問われているのはカネの量よりも「誰が何を10年間やり続けるか」という意志の問題かもしれない。

まとめ

欧州ディープテックは「防衛戦争の副産物」「国家戦略の後押し」「大学エコシステムの成熟」という3つの構造が重なって、10年でVCシェアを倍増させた。パリのロンドン超えはその象徴だ。$690Bという数字よりも重要なのは、リスク資本が長期・ハードウェア・科学系にシフトしたという「投資哲学の転換」だ。日本のディープテックがこの流れに追いつくためには、民間VCを引き込む設計と、10年単位の戦略継続が不可欠になる。