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2026年2月15日〜22日、ベトナム・ホーチミン市で開催された「テト書籍通り祭り(Lễ hội Đường sách Tết Bính Ngọ 2026)」が、過去最大規模を更新した。今年で16回目となる同祭りは初めて3会場同時開催に拡張され、8日間で100万人超が来場、売上は82億ドン(約5,400万円相当)に達し、販売書籍数も約8万4,000冊・17,754タイトルに上った。

スマートフォンとSNSが普及し、世界各地で「本離れ」が懸念されるなか、ベトナムではなぜ旧正月(テト)の時期に100万人が本を買い求めるのか——この「デジタル時代の読書熱」の背景には、文化的慣習・政策・プラットフォームが絡み合う構造的な理由がある。

元記事・原文引用

元ネタLễ hội Đường sách Tết Bính Ngọ 2026 đón hơn 1 triệu lượt khách, thu gần 8,2 tỉ đồng(Tuổi Trẻ Online / 2026年2月23日)

“Năm 2026 là năm thứ 16 của Lễ hội Đường sách Tết TP.HCM, với quy mô lần đầu tiên được mở rộng đồng thời tại ba địa điểm, thu hút hơn 1 triệu lượt khách.” (2026年は同祭り16周年にして、初めて3会場同時開催を実現し、100万人超を集客した)

なぜ今、話題になっているの?

この現象を「ただの祭り」と見るのは間違いだ。ここには3つの構造的な力が働いている。

① テト×知識投資という文化的文脈
ベトナムではテト(旧正月)に「新しい年に向けて自分を高める」という価値観が根強く、本はその象徴的な選択肢だ。子供が本をお年玉代わりにもらう慣習、親が子供の学習のために本を購入する習慣が、毎年の「テト需要」を生み出している。祭りは単なる販売機会ではなく、読書を「年中行事」として定着させる装置として機能している。

② BookTokが若者の読書回帰を牽引
ベトナムではTikTokのハッシュタグ「#BookTok(書籍TikTok)」が爆発的に広がり、2024年以降、書籍のTikTok経由売上が業界全体の約12〜15%を占めるほどになった。「SNSが本を殺す」という欧米的な恐怖とは逆に、ベトナムの若者はSNSを介して本に戻ってきている。テト書籍祭りの会場でも若者グループが目立ち、インスタ映えやTikTok投稿のために本を選ぶ姿が増えている。

③ 政府の文化政策と市場が珍しく一致
ベトナム政府は2020年代に入り「読書文化振興」を国家戦略に据え、書籍祭りへの補助・公共施設の無償提供・読書推進キャンペーンを展開してきた。今回の3会場同時開催拡大も、行政主導での施設確保によるものだ。通常、政府が文化を「上から振興」しようとしても空回りすることが多いが、ベトナムの場合はBookTokというボトムアップの読書ブームと方向が一致したため、相乗効果が生まれている。

この「テト×BookTok×政策」の三角形が、2026年に過去最大規模を更新させた構造的な背景だ。

日本の出版業界が学べることはあるか

日本の書店数は1990年代後半のピーク時に約2万3,000店を数えたが、2024年時点で約1万店を割り込み、毎年数百店が閉店している。「本が売れない」という嘆きは業界の定番になって久しい。ではベトナムの読書熱が示す教訓は何か。

まず注目すべきは「文化的装置」の有無だ。ベトナムのテト書籍祭りには「旧正月に本を贈る・買う」という明確な行動トリガーがある。日本の「読書週間」(毎年10月末〜11月)も似た概念だが、民間書店が主体的に参加する仕組みが弱く、消費者の行動変容につながりにくい。祭りやイベントを「売るための場所」ではなく「本を買う理由をつくる文化的行事」として設計できるかどうかが鍵だ。

もう一点は、BookTokとの距離感だ。日本でもInstagramやTikTokで本を紹介するコンテンツは増えているが、出版社側がアルゴリズムとの協働に消極的な傾向がある。ベトナムの事例が示すのは、SNSは読書の「敵」ではなく、正しく設計すれば「読書の入口」になりうるという逆説だ。ただし、これはベトナムの若い人口構成(平均年齢32歳)と高いSNS利用率が背景にある側面も大きく、日本にそのままモデルを移植できるわけではない点は注意が必要だ。

まとめ

ベトナムのテト書籍祭りが100万人を集めたのは「偶然のブーム」ではない。旧正月の文化的文脈、BookTokによる若者の読書回帰、そして行政の文化政策という三つの力が偶然に一致した結果だ。デジタル時代に本が売れないのは必然ではなく、「本を買う理由」と「本に出会う場所」を正しく設計できるかどうかの問題だという示唆がここにある。書店が減り続ける日本にとっても、この東南アジアの読書熱は単なる他人事ではないかもしれない。