【アメリカ】草間彌生さんが97歳で死去。ニューヨークが先に評価し、日本が代表作家に選ぶまで34年かかった
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3行サマリー
- 前衛芸術家の草間彌生さんが8月14日、多臓器不全のため東京都内の病院で亡くなりました。97歳。公表されたのは13日後の8月27日です
- オーストラリアで開かれた回顧展は57万537人を集め、同国で最も入場者の多い有料展になりました。来場者の24%以上が州外か海外からです
- ニューヨークの画廊で注目されたのが1959年。日本がヴェネチア・ビエンナーレの日本館代表として送り出したのは、その34年後の1993年でした
亡くなったのは8月14日、公表されたのは13日後の8月27日だった
水玉と網目で知られる前衛芸術家の草間彌生さんが、8月14日に東京都内の病院で亡くなりました。97歳でした。死因は多臓器不全です。公式サイトに文書が掲載され、共同通信などが伝えたのは8月27日で、亡くなってから13日が経っていました。
英語圏では、アメリカで草間さんの作品を扱ってきた画廊デヴィッド・ツワーナーが死因を確認したという形で報じられています。CNN、ニューヨーク・タイムズ、ロイターはいずれも日本時間8月27日の昼前後に速報を出しました。日本での公表から世界一周までに、1時間もかかっていません。
公式サイトの文書とアメリカ側の画廊の説明で、日付と死因が確認できる
出典:訃報:草間彌生が97歳で死去。「無限」を追い続けた前衛芸術家(ARTnews JAPAN / 2026年8月27日)
出典:Yayoi Kusama, Japanese artist who turned hallucinations into art, dies at 97(ABC News(オーストラリア)/ 2026年8月27日)
亡くなる直前まで絵筆を手放すことなく、永遠の愛と魂を探究し続けた97年の生涯でした
公式サイトの文書はこう伝えています。スタジオは続けて、草間さんの願いを引き継ぎ、芸術を通じて世界の人々に希望と力を届けていくとも書きました。
ニューヨークが注目したのは1959年、日本が代表作家として送り出したのは34年後だった
草間さんは1929年、長野県松本市の種苗業を営む家に生まれました。幼い頃から水玉や網目が視界を覆う幻覚を経験し、それを絵に描くことで恐怖を鎮めていたことが、後の全作品の出発点になります。1948年に京都市立美術工芸学校で日本画を学び、1952年には松本市で初めての個展を開きました。
それでも日本の外に出ることを選びます。背中を押した一人が、アメリカの画家ジョージア・オキーフでした。草間さんはオキーフの住所を調べ、自作の水彩画を添えて手紙を送り、返事を受け取ります。1957年、28歳で単身アメリカに渡りました。
ニューヨークで生まれたのが「無限の網(Infinity Nets)」です。1959年にブラタ・ギャラリーで発表されると、ニューヨーク・タイムズやアメリカ版ARTnewsが取り上げました。当時まだ若手だったドナルド・ジャッドは展覧会を高く評価して作品を購入し、フランク・ステラも注目します。男性中心だったニューヨークの前衛美術界で、日本から来た若い女性作家の名前が通るようになったのが、この時点です。
1973年、約16年の活動を終えて帰国します。ところが当時の日本で取り沙汰されたのは、ニューヨーク時代のハプニングやボディ・ペインティングといった活動のほうでした。美術史のなかでの評価は、すぐには来ていません。草間さんはこの時期、小説や詩といった日本語の文学に向かっています。
転機は1993年でした。第45回ヴェネチア・ビエンナーレで、草間さんは日本館の代表として個展を開きます。ニューヨークの美術メディアが名前を書いた1959年から、34年が経っていました。日本が国を代表する作家として送り出すまでに、それだけの時間がかかっています。
オーストラリアの回顧展は57万537人。1966年に売るのを止められた《ナルシスの庭》もここで収蔵された
海外での受け止められ方がどれくらいの規模だったのかは、オーストラリアの数字がいちばんはっきりしています。
メルボルンのビクトリア国立美術館が2024年12月15日から2025年4月21日まで開いた回顧展「Yayoi Kusama」は、同館の発表によれば57万537人を集めました。同館の有料展としては過去最多で、それまでの記録は2017年の「Van Gogh and the Seasons」の46万2262人です。来場者の24%以上が州外か海外から来ていました。9歳のときの素描から、2024年に作られてメルボルンで初公開された最新の無限の鏡の間まで、約200点が並んでいます。同館が存命の作家1人に充てた展覧会としては、過去最大の規模でした。
この展覧会で、同館は2点を収蔵しています。高さ5メートルの《Dancing Pumpkin》(2020年)と、《ナルシスの庭》(1966/2024年)です。
《ナルシスの庭》には前史があります。1966年の第33回ヴェネチア・ビエンナーレで、草間さんは銀色の鏡面球1500個を芝生に敷き詰め、「YOUR NARCISSISM FOR SALE(あなたのナルシシズムを売ります)」と掲げて1個2ドルで売ろうとしました。ビエンナーレ側はこれを止めています。その同じ作品が58年後、1400個の球としてメルボルンの水の壁の内側に広がり、寄付を募ってオーストラリアの公共コレクションに入りました。売ることを止められた作品が、公共に買われて残る側に回った形です。
海外の追悼は作品論ではなく、自分が鏡の部屋に入った日の記憶から始まっている
訃報が流れたあとの英語圏の反応を、日本時間8月27日の13時台に見ています。「Kusama」を含む英語の投稿は、13時9分から13時10分までの64秒間で13件でした。1分あたり12件のペースです。
目立っていたのは、作品論ではありませんでした。多いのは「自分が展覧会で見た日」の話です。14歳のときに草間さんの展覧会に入って衝撃を受け、そこから美術の見方が変わったと書いている投稿がありました。香川県の直島の海辺にある黄色い水玉のかぼちゃに触れて、感謝を書いている投稿もあります。個々のアカウント名は挙げませんが、こうした受け止めが並んでいるのが英語圏の追悼の中身です。
身元のはっきりしたところでは、CNNの公式アカウントが出した訃報が、投稿からおよそ1時間で表示103万回、いいね3万6000に達していました(13時20分の実測)。ニューヨーク・タイムズ公式は表示14万回、ロイター公式は4万5000回です。
見出しの付け方も、日本と海外で少しずれています。日本の各社が「前衛芸術家」「水玉の女王」と書いたのに対し、ロイターとABCニュースは「幻覚を芸術に変えた日本人アーティスト」と見出しに立てました。草間さんは幼い頃から水玉や網目に視界を覆われる幻覚を経験し、そのことを自身の著書や取材で繰り返し語っています。2002年の自伝には、痛みや不安や恐怖と毎日闘っていて、それを和らげる方法は作り続けることだけだったと書いていました。海外の見出しは、その一文のほうを彼女の中心に置いています。
数字の大きさより、語られ方のほうが草間さんらしいと感じています。無限の鏡の間は、観客が中に入って初めて成立する作品でした。だから追悼も「あの作品はすごい」ではなく「自分があの部屋にいた」という形になる。展覧会に57万人が並ぶという数字は、その記憶を持った人が57万人いるという意味でもあります。
日本が34年かけて追いついた評価を、世界はもう自分の記憶として持っていた
日本では文化勲章を受章し、故郷の松本市美術館や直島に作品が恒久展示され、2017年には新宿に草間彌生美術館が開きました。いまの日本に、草間彌生を知らない人はほとんどいません。
ただ、その位置に届くまでの順番は、日本が先ではありませんでした。1959年のニューヨークが先に見つけ、1989年のニューヨークが再検証し、1993年になって日本が国を代表する作家として送り出した。日本の評価が固まった時期と、海外の評価が始まった時期のあいだには34年の差があります。
訃報のあと、英語圏で語られていたのは経歴でも受賞歴でもなく、自分が水玉の部屋に入った日のことでした。日本が34年かけて追いついたその評価を、世界の側はもう、自分の記憶として持っている。それが草間彌生という作家の海外での大きさなのだと思います。
亡くなる直前まで絵筆を手放さなかった、という一文が公式の発表に入っていたことが、いちばん残りました。97年のうち、最後まで手を動かしていた人です。
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